あと2,3日で初雪が降るかなって頃でした。札幌は寒く、道を歩く人たちは皆、体を丸くし、表情は顔の中心に向かって、あたかもすっぱい梅干を食べているかのような顔つきで歩いている。なんだか傍(はた)から見ていると滑稽にも見える。それもそうである。私は暖かい車の中にいた、その時である。信号待ちをしていた私の車の前を、小刻みで、そりゃあ、本当に小刻みで、ひとりのおじいさんが懸命にあるいている。信号が点滅し、そこに流れている音楽が「早く渡れ、早く渡れ」と、けしかけているかのように聞えるくらいである。たぶん、その声は私自身の声だったのかもしれません。でも、彼はまだ交差点のど真ん中。それでも、自分の足取りを確認するかのように、顔を下に向け必死に歩いていた。多分、本人にしてみれば、走っていたのだと思う。すぐに信号は赤になり、必死に、必死に歩く姿を客観的に見ている私がいた。周りは誰も見向きもしない足取りで急ぐ世界がそこにあった。私もその中の一人である。手を賃す、傍に駆け寄ることすらできない。自分の内なる心の声は、私は車に乗っているし、車を交差点のど真ん中に止めてまで彼を支えるのはどうか、などと自分のことばかり考えている内に、彼は何とか歩道にたどり着いていた。その瞬間、私は周囲の人たちへの憤りを感じていた。本当は、その憤りは私自身に向けられるべきものであるにもかかわらず、人のせいにしている自分がそこに確かに存在していた。言葉ではなんでも言える。私の最大の敵は「私」である。
                                        合掌

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